05 │2026年2月1日

岡山バプテスト教会


招きの詞  そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。
聖書  使徒2:46-47

説  教 「共にあずかる主の食卓」 杉本拓哉協働牧師
聖  書  エズラ記 6章19-22節

「ディートリヒ・ボンヘッファー」
ナチスの時代、ボンヘッファーという牧師がいました。彼は「安価な恵みは、私たちの教会の死に至る敵である」という言葉を残しました。悔い改めることなく赦されるなら、そこに罪の自覚は生まれません。自分の罪の大きさを知らなければ、代わりにそれを負ってくださった方への感謝や驚きも起こらないでしょう。イエスを信じることは、イエスへの従順を伴います。神は十字架という大きな犠牲を支払い、罪の赦しを成し遂げられました。この神の愛こそが、私たちの生き方を変える原動力です。十字架に死ぬ者は、十字架の命に生きるように変えられるのです。
当時のドイツ教会は、神の恵みによって赦されているという信仰を持ちながらも、具体的な行動や社会的責任に結び付いていませんでした。教会は救いを語りながら、迫害や差別という現実の不正に沈黙してしまったのです。苦しむ隣人を見捨てるならば、主が生きておられる教会ではなくなります。ボンヘッファーは、そのような信仰のあり方を安価な恵みと呼び、厳しく問いかけます。高価な恵みは、神の御子の命によって与えられる全ての賜物です。そしてこの恵みは、今日も私たちに与えられています。主は私たち一人ひとりを招き続け、新しい歩みへと導いてくださるのです。