招きの詞 荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍(おど)れ 砂漠よ、喜び、花を咲かせよ 野ばらの花を一面に咲かせよ。花を咲かせ 大いに喜んで、声をあげよ。砂漠はレバノンの栄光を与えられ カルメルとシャロンの輝きに飾られる。人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る。弱った手に力を込め よろめく膝(ひざ)を強くせよ。4心おののく人々に言え。「雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる。」
聖書 イザヤ35:1-4
メッセージ 「荒野に響く喜びの知らせ」 杉本拓哉協働牧師
聖書 マルコ1:1-8
「主は平和を宣言される」
私たちは「平和」と聞くと、戦争が起きていない状態を思い浮かべます。しかし日常生活の中でも、家族や友人や恋人との小さなすれ違いから、不安や苛立ちが積み重なることがあります。ストレスが多いこの社会では、思いやりの心を失い、自分や他者を傷付けてしまうこともあるでしょう。世界では争いのただ中で、涙を流している人々がいます。そうした現実を前に、私たちは「平和」と言えるのでしょうか。
問題が複雑に絡まり、どこから解決すればよいか分からなくなることがあります。元の関係に戻りたくても、簡単には戻れない痛みもあります。しかし主は、私たちが行き詰まりの中にあったとしても、平和を宣言してくださるのです。圧倒的な力で相手を抑えつける「ローマの平和」のようにではありません。傷ついた心を癒し、断たれた絆を結び直し、絶望の闇に希望の光を灯す、平和の主の歩みです。
十字架のイエス・キリストは、私たちの罪を担い、神の裁きを身に受けられました。そこで神の慈しみと真実は出会い、和解が成し遂げられたのです。そのために救い主は誕生されました。神と人との平和をもたらす救い主を、共に礼拝しましょう。主の平和が、あなたの日常の歩みを明るく照らしてくださいますように。