招 詞 こういうわけで、キリストは新しい契約の仲介者なのです。それは、最初の契約の下で犯された罪の贖いとして、キリストが死んでくださったので、召された者たちが、既に約束されている永遠の財産を受け継ぐためにほかなりません。
聖 書 ヘブライの信徒への手紙9章15節
宣 教 「神を知る人 知らぬ人」 鮫島泰子牧師
「神を知る人、知らぬ人」
11月は詩篇を読んでいます。今朝のテキストの49篇を読んでいると、私たちはキリスト者ですから、この詩人が「これを聞け。地に住む者は皆、耳を傾けよ」と全地に向かって言い放っている、その必死さとその教えについては理解できます。語っていることは確かにその通りでしょう。それにしても、です。何と重苦しい歌でしょう…。12節とか15節とか。この詩が「死」をテーマにしているために、分けても「主なる神」を知らずに生きている人に焦点を当てているために、重くなってしまうのだと思います。神を知る自分たちだけは死を恐れることなく安穏としていられる…、そんな独り占めを良しとしない詩人はおせっかいで愛の人です。他人に無関心になりがちな今の世界にも、この詩人のようなキリスト者がいて小さな灯りを灯し続けています。さて詩46篇から49篇の1節に「コラの子の詩」と書かれています。この4つの詩を一まとまりと考えると49篇の中にも希望が見え始めます。分けても46篇は有名な詩で、
新生賛美歌の歌詞にもなっています。慰めに満ちた言葉が私たち個々人だけでなく教会という共同体をも勇気づけ力づけてくれます。創造主なる神の御手の中で、死の恐れからも解放されて共に主を仰いで生きようではないか、と詩人はきっと訴えたいのだと、私は思います。(鮫島泰子