07 │2026年3月1日

岡山バプテスト教会


招きの詞 万軍の主はこの山で祝宴を開き、すべての民に良い肉と古い酒を供される。それは脂肪に富む良い肉とえり抜きの酒。主はこの山で、すべての民の顔を包んでいた布と、すべての国を覆っていた布を滅ぼし、死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい、御自分の民の恥を、地上からぬぐい去ってくださる。これは主が語られたことである。その日には、人は言う。見よ、この方こそわたしたちの神。わたしたちは待ち望んでいた。この方がわたしたちを救ってくださる。この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び躍ろう。主の御手はこの山の上にとどまる。
聖書  イザヤ 25章6–10節

説  教 「いのちの約束」杉本拓哉協働牧師
聖  書  ヨハネによる福音書 6章35–40節

「引き上げてくださる主」
 困難な目に遭い、危機的な状況に置かれる時、私たちはまるで嵐の中にいるように感じます。先の見えない不安に襲われ、自分の力ではどうにもならない現実に立ち尽くすこともあるでしょう。必死に踏ん張っても、足元から崩されていくように思える日もあります。それでも、その時にこそ、神と一対一で向き合う瞬間なのかもしれません。
ヨナは嵐の海に沈み、大きな魚に飲みこまれました。握りしめた自分の正しさと計画を手放し、神に降参します。それは今までの生き方を断念することであり、主にある新しい命に生かされることでもあります。神に反抗して逃げ去り、辿り着いた陰府の底においても、主は祈りを聞かれました。古いものは過ぎ去り、主の御手の中で新しくされるのです。人の目には終わったかのように思えたとしても、神はなおも生きて働いておられ、滅びではなく、新しい命へと導いてくださいます。私たちは、自分で自分を救うことはできません。私たちの能力や正義によるのではなく、引き上げてくださる主の御業によって、救い出されるのです。暗闇の中でも、一人きりにはしないお方が共におります。主の命に飲みこまれ、新しく遣わされていきましょう。杉本拓哉牧師