招 詞 三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」
聖 書 ヨハネによる福音書21章17~18節
説 教 「父の羊を飼う者」伊藤聰牧師
聖 書 サムエル記上17章31~47節
「父の羊を飼う者」│ヨハネ21章17-18節
「僕は、父の羊を飼う者です。わたしは獅子も熊も倒してきたのですから、あの無割礼のペリシテ人もそれらの獣の一匹のようにしてみせましょう。」若いダビデは自信と熱意にみなぎっています。ダビデは羊の世話を通じて、このような神への信頼と献身を身につけたのでした。愛する者のために、大切なものを守り抜く生き方を通じて、確かに人は変えられていきます。その人の持つ力をはるかに超えて、神の力が働くからです。しかし、神の羊飼いとされるためには、それだけでは足りないのです。
イエスはペトロに、「わたしを愛しているか」と繰り返し尋ねました。三度目に、ペトロは悲しくなり、「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます」と答えています。ペトロが悲しくなったのは、自分の過去の裏切りを思い起こしたからです。イエスを三度否認してしまった自分には、もはや言葉がなかったのです。だから、「主よ、あなたは何もかもご存じです」と答えるしかありませんでした。このペトロの悔い改めの上に、イエスはあらためて「わたしの羊を飼いなさい」とお命じになったのです。
若いダビデには、神への信頼と献身がすでに備わっていました。しかし、やがて王位に就くと、ダビデは神の召しを裏切り、何度も過ちを犯すことになります。ダビデもまた、悔い改めることを通じて神の民を世話する本物の羊飼いへと変えられていったのです。